時空を越える旅

旅と観光の年表『旅と観光の年表』(河出書房新社)という即物的なタイトルを持つこの本がすこぶるおもしろい。帯には「日本人の旅の歴史をたどる」「近世から昭和まで、旅・観光と関連する事項をまとめた初の年表」との惹句が踊る。年表らしく単なる事実が時系列に沿って羅列されるだけなのだけれど、これがもう想像力をいたく刺激してわくわくさせられるのである。
たとえば、明治19年1886年)の記述を見ると、1月には「新橋−横浜間で、上・中等の乗客に定期乗車券を発売する」「日本・ハワイ間で渡航条約が締結される」などの事項に続いて、「阪堺鉄道敷設により住吉街道の天下茶屋がさびれ、名物ぜんざい餅も営業困難となる」などとある。翌月には「埼玉県師範学校の校長以下100名が参加して、寄居付近に一泊の遠足を実施、ウサギ狩りなどを行う」とある。さらに3月には「岩崎彌太郎の弟岩崎彌之助、三菱社を設立し、石炭・鉱山・造船・銀行などの事業へ拡大する」と記される。つまり国家事業や日本経済に関する大きな出来事と「ぜんざい餅」「ウサギ狩り」などの日常的些末な事柄が、なんの区別もされず同列に居並んでいるのである。あるはずの歴史的な価値を拭い去り、彼我の落差を無効化している点が、この年表の最も愉快なところであろう。まさに「スーパーフラット」である。およそ400年分、どのページを開いても、何かしらのおもしろみを発見することができる。
奈良美智 全作品集 1984-2010 Yoshitomo Nara: The Complete Works』に贋作が紛れ込んだと報じられる。実見しても、目の肥えていない私にはまったく見分けがつかない。これは本人にしかきっと見破れない。しかし、そういうのも一緒に収められている全集というのは、妙に楽しい。