耳に染み入るチェロの声

バッハ:無伴奏チェロ組曲 全曲まるで哲学者のような風貌でステージ上に現れたマイスキーは、ステージ中央の椅子に腰掛けるやいなや、バッハの音楽を奏で始めた。一瞬にして彼のチェロに引き込まれる。颯爽と演奏する姿はどこまでも若々しい。
バッハの無伴奏チェロ組曲と言えば、パブロ・カザルスの立派な演奏がまず思い起こされる。体の奥底に染みつくくらいカザルスの演奏に親しんできた耳に、独特のスピード感を持って流れ出すマイスキーの音は、いささかスポーツライクで軽すぎるような印象だと言えなくもない。
しかし、バッハを重厚長大なものとして解釈して提示したのはカザルス*1であって、必ずしもそれだけが正解というわけではない。楽譜をいかに読み解き、音楽として再構築するかというのは、クラシックの演奏家にとって最も重要な問題である。良い悪い、好き嫌いはともかく、その点から言えば、マイスキーの奏でる音は、紛れもなく彼自身の知的な内省から導き出されたものであろう。
本編は第3番、第2番、第5番の3曲であったが、熱狂した観客に呼び戻されたマイスキーは三度もアンコールに応えてくれた。二列目ほぼ中央の席で格別な時間を過ごすことができた。僥倖に恵まれた。5月21日、サントリーホールで鑑賞。

*1:そしてそれに慣れきってしまったのは私自身