サロメ

morio01012012-06-04

言わずと知れたオスカー・ワイルドの傑作である。リヒャルト・シュトラウスによってオペラとして仕立て上げられ、欧州では人気演目として、広く音楽ファンに親しまれている。一方、これを舞台劇として上演することもよく行われている。今回、新国立劇場で上演されるのは、平野啓一郎翻訳、宮本亜門演出によるストレートプレイである。
真っ白な舞台にはお洒落なソファ*1や衝立、簡単なセットがポツリポツリと置かれ、余計な装飾はいっさいない。また登場人物たちの服装は今時のスーツやドレスであり、いずれにしてもとても古代エルサレムの物語には見えない。こうした現代的かつ優れて抽象的な舞台造りは、昨今の欧州のオペラの演出でよく行われているものであり、それをこの舞台にも援用したとおぼしい。
平野による現代の日本語で紡ぎ出される物語はたいへんに理解しやすく、また上述の通りの演出であるため、完全なる現代劇を見ているかのような印象がある。数多くの台詞が畳み掛けられるような場面でも、きちんと聴き取り理解することができる。兄を殺して彼の妻を娶り、さらにその娘に奇妙な欲望を滾らせる高圧的な王などは、奥田瑛二の暑苦しいまでの怪演ともあいまって、たいへんうまく作られている。麻美れい演じる王の妻しかり。気高さと世俗という相反する要素をうまく一つの個性として丸め込む。
そして何より魔性の女から徹底的に清冽な少女として造形化されたサロメが出色の出来であった。クライマックスに置かれる、愛する者の生首に口づけるという怖気を催す猟奇的行為すら、コドモがなんとなく蟻を踏みつぶして喜んでいるくらいの邪気のないさらりとした遊戯に見えた。それを演じきった多部未華子の凄みに唸らされる。妖艶でもセクシーでもない新しいサロメである。多部と言えば、近作の「君に届け」や「デカワンコ」あるいは舞台「農業少女」などで見せたコメディエンヌとしての印象が強かったのであるが、まったく別の面を見せてくれた*2。惚れ直した(よけいな感想です)。
20年ほども前にウィーン国立歌劇場で「サロメ」のオペラを観た。その時の印象はもうほとんど残っていないのだけれど、重々しすぎる演出に酷く疲れたことはよく覚えている。あとは樽型体躯の女性歌手と魔性の女サロメがまったく結びつかなかったこととか。その記憶が更新されるような「サロメ」だった。最終場面の演出の美しさも格別でした。新国立劇場中劇場で鑑賞。
 公式サイト http://www.nntt.jac.go.jp/play/salome/index.html (音が出ます)
パンフレットはやっつけ仕事で作ったようなもので、800円の値打ちはない。舞台衣装での写真や主要キャストのインタビュー記事すらない。なんだ、これ。

*1:真っ白なバルセロナチェアもあって、あれが汚れないかとハラハラした。貧乏性である。

*2:顔の小ささにも吃驚した