ダークナイト

オリジナル・サウンドトラック ダーク・ナイト
過去のバットマン・シリーズのすべてが色褪せて見えるほどのリアリズムに徹した秀作である*1。いつどこで何が起こるかわからない緊張感が続いて、胃の腑が苦しくてたまらなかった。しかし、それは決して不快なものではなく、良質な娯楽映画の引き起こす愉悦感に満ちあふれていた*2。152分は決して長くない。
前作「バットマン・ビギンズ」とほぼ同じキャストを引き継いで制作された最新作は、バットマン映画でありながら看板からその名を外し、彼の存在そのものを象徴する「役割」をタイトルとする*3。つまりこの映画はバットマンの物語であること以上に、社会における必要悪そのものを描こうとしているとおぼしい。完璧なヒーローも勧善懲悪もここには存在しない。すべては相対的なものであり、いつでも表裏が入れ替わるのだ。もう1人の主人公である「ホワイトナイト」ハービー・デント(アーロン・エッカート)が命運を託すコインのように。
Welcome to a World without Rules.
だからこそ、絶対的な悪を体現するジョーカーの存在が際立つ。ここでいたずらに屋上屋を架す愚を避けたいが、やはりヒース・レジャー演じるジョーカーの素晴らしさは記さないわけにはいかないだろう。「ダークナイト」の完成度の高さは、すなわちジョーカーの存在によって保証されていると言ってもよい。知的、残虐、コミカル、衝動、剛胆、狡猾……、局面によっていくつもの顔を見せながら、最後は「切り札」として自己を演出し、世界を混乱に陥れる。観るものに生理的な恐怖感をこれでもかと突きつけてくるレジャーの圧倒的な演技と存在感は、ティム・バートン的世界の住人である軽すぎる初代ジョーカー(ジャック・ニコルソン)と比べられるものではない*4
クリスチャン・ベールの影が薄すぎるとか、ヒロイン(マギー・ギレンホール)が可愛くない(!)とか*5、さらにはエピソードの繋ぎ方やまとめ方などにいささか不満がないわけでもないが、全体としてはそうしたものを補ってあまりあるほどの内容であると思った。単なるアメコミの実写版と侮ることはできない。ヒース・レジャーの早すぎる死*6のため、次のないのが本当に惜しまれる。ワーナーマイカルシネマズ茨木で鑑賞。

*1:シカゴが撮影に使われたそうだが、作り物ではないゴッサムシティがここにはある。

*2:暴力的な描写や残酷なシーンも多々あるので、その種の表現が好みでない方にはお勧めしない。

*3:邦題「ダークナイト」を「闇夜」だと思い込んでいたのは内緒(恥)。「暗黒騎士」です。

*4:優劣の話をしているのではない、念のため

*5:スパイダーマン」のキルスティン・ダンスト並と言えばわかっていただけるだろうか

*6:ヒース・レジャーの訃報 http://eiga.com/buzz/20080124/1