空気人形

空気人形 O.S.T.あなたの息で私の体を満たして
体の一部が破れて空気の抜けた人形が、好きになった男に息を吹き込まれて甦る。是枝裕和監督がこの映画を撮るきっかけになった原作漫画*1の1シーンである。これ自体が男女の情交場面の喩であることを強く意識していると、パンフレット掲載のインタビューで監督は答えている。
この象徴的なシーンを初めとして、ファンタジックな場面が積み重ねられる本作は、メタファーに満ち溢れた寓話である。差し出される喩を読み解きながら見ることがとても楽しい。逆にそこにおもしろさを見いだせなければ、単なる荒唐無稽な淡い印象の映画と映ってしまうだろう。純文学あるいは現代詩を読む行為と同じ想像力が求められる。言葉は極端に抑制され、静謐な音楽が感情に寄り添うように流れる。ホウ・シャオシェンウォン・カーウァイらの作品の撮影を手がけたリー・ピンビンのカメラワークが、これまでの是枝映画とは違う動きと美しさをもたらしている。
誰かの代用品である空気人形が心を持って、他者に認められたい、必要とされたい、内側に何かを満たしたいと思った渇望感は、ただちに私たちの切なる問題として立ち上がってくるはずである。男に息を吹き込まれた後、自らの生命線である空気ポンプを捨て、1回限りの生を全うすることを選んだ空気人形の思いは、清々しくて美しい。
思えば、現実に起きた事件をモデルにして、リアリティを追求したように見える是枝監督の代表作「誰も知らない」も、実は「子どもたちだけの幸せなユートピア」を描いた一種のファンタジーであった。「空気人形」も「誰も知らない」や死の入り口を描く「ワンダフルライフ」に繋がる性質を確かに持っていると感じた。ペ・ドゥナがとてもいい。シネマ・ライズで鑑賞。
 公式サイト http://www.kuuki-ningyo.com/index.html

*1:業田良家『ゴーダ哲学堂 空気人形』(小学館