ノルウェイの森

よかった。納得した。
原作を早送りした、あるいはチャプターをいくつかすっ飛ばしたような展開なので、原作を知らずにこの映画だけを観ても、わけがわからないかもしれない。安心して終着点まで運んでくれるジェットコースタームービーを好む人たちにはきっと評判が悪いだろう。そのことで評価を下げられたとしてもしょうがない。しかし、そもそもこの映画の描こうとしたのは単なる筋ではないだろう。
それは明確な形にしがたい気配のようなものである。原作の持つやるせなさやもの哀しさ、さらには物語を包み込む空気感といったものは、確かに映像の中に定着させられていたと感じる。そして、そこにこそこの映画の存在価値があるのだと思う。この漠としたものをきちんと自らの内に取り込める人には、たまらなく愛しい作品になるだろう。
ワタナベや直子、緑らの棒読みとも聞こえてくる台詞回しも、村上春樹の紡ぎ出した言葉をそのまま生かせば、あのようにならざるをえない*1。その結果、あの独特の気配が生み出されている。確かに監督が日本人であれば、台詞回しの不自然さを緩和するために、なにかしらの手を打ったかもしれない。もちろんそれが映画をよりよいものにしたかどうかは、また別の問題である。侯孝賢監督の数多くの作品を撮り、日本でも是枝裕和行定勲監督らの作品でおなじみの李屏賓が撮影する映像は、どこまでも滑らかで清冽な印象を残す。静かに不安感を煽るようなジョニー・グリーウッドの音楽*2もよい。
俳優では緑役の水原希子とハツミ役の初音映莉子が特によかった。松山ケンイチはまずまず、世評が今一つの菊地凛子もそう悪いとは思わない。下の予告編にピンと来た方は原作とセットでぜひ。高槻アレックスシネマで鑑賞。

余談:asahi.comに奇妙な映画評*3があった。大学生はもとよりモラトリアムであって当然だし、緑もワタナベにはっきり意思表示しているという点でツンデレではない。また直子も心の病気を抱えているとしても、ヤンデレと称される「属性」を持っているとは思わない*4。評者はどうやらアニメ方面に造詣が深いようで、そちらの「専門用語」に引き付けて格好良く語ってみたかったのだろう。しかし、作品を借りて自らを嗜好の在処を語るのは見苦しいだけである。自分に近いところに引き付けて綺麗に切ったつもりになっているところが痛々しいし、なにより「朝日」という大看板を背負ってこの評がなされているところが始末に負えない。

*1:市川準監督の「トニー滝谷」を思い出すとよい

*2:iTunes Storeで試聴可能 http://itunes.apple.com/jp/album/id403223784

*3:http://www.asahi.com/showbiz/column/animagedon/TKY201012120071.html

*4:菊池の演技のどこがホラーなんだろう