伊豆の踊子(1954)

伊豆の踊子 [DVD]1954年に公開された映画でまず思い起こされるのは、本多猪四郎円谷英二の「ゴジラ」である。日本の着ぐるみ怪獣特撮映画の嚆矢にして金字塔である。他には溝口健二山椒大夫」「近松物語」、成瀬巳喜男「山の音」「晩菊」、さらに黒澤明七人の侍」「蜘蛛巣城」や木下惠介二十四の瞳」といった日本映画史上に名を残す名作もこの年の公開である。洋画では「麗しのサブリナ」(オードリー・ヘップバーン)、「帰らざる河」(マリリン・モンロー)があり、ヒッチコックの「裏窓」「ダイヤルMを廻せ!」などもあった。わずか1年の間にこれだけの名画*1が公開されていた時代の素晴らしさを窺い知ることができる。
その1954年にあって、野村芳太郎の「伊豆の踊子」はどうであろうか。美空ひばり石濱朗を主演にしたこの青春ものは、いかにも工夫のない古色蒼然たるものに映った。
特に当代きってのアイドルである美空ひばりを全面的に押し出すためか、原作にはない踊子のエピソードが細々と付け足されており*2、これがこの作品の輪郭をぼんやりとさせてしまった。川端の体験を反映している学生の視点から一貫して描かれるという性質が損なわれているため、この作品が誰(学生あるいは踊子)のための物語であるかが曖昧になってしまっている*3。それは原作と映画は別物という当たり前の理解の埒外の、物語の求心点の喪失という大きな欠陥となっていると思われる。また美空ひばりはこの撮影時に17歳であるのだが、もはや年増の貫禄を漂わせ、まるで初々しさや清廉な輝きを感じることができない。
よくも悪くも、絶頂期にあった美空ひばりによる、美空ひばりのために作られたアイドル映画であろう。

*1:もちろん他にもまだまだある

*2:いないはずのところにもしばしば登場する

*3:後半部分になるにつれて、学生の存在感はますます希薄になる