日常の向こう側

Satellites: Photographs from the Fringes of the Former Soviet Union降りしきる雪かと見紛うほどの無数の白い蝶が舞い踊る緑豊かな平原で、二人の青年が何かに興じている。彼らはひしゃげた円筒状の物体の上によじ登っていて、何も疑うことなどないかのような表情である。脇にはその風景にはいささか不似合いな金属の蓋のようなものが無造作に転がっている。
しかし、この美しい写真は決して牧歌的な楽園を撮影しているわけではない。中央アジアにほど近いカザフスタンの東側で撮影された写真の「主人公」は、打ち上げられた宇宙ロケットの残骸である。旧ソ連時代のソユーズ以降、ロケット打ち上げの度に、この地には切り離された船体やブースターが次々と落下してきた。それらは決して回収されることなく、今もなお放置されたままである。周辺に住む経済的に恵まれない人々はロケットに使われている高価な金属類を持ち去り、それで生計を立てているという。しかし、残留ロケット燃料に含まれる極めて有害な物質は、周辺の環境を静かに破壊し、すべての生物に避けがたく致命的な痛撃を加えるのであった……。
鮮やかな色に彩られた美しい風景の向こう側の怖気立つ現実。マグナムに史上最年少で準会員として迎えられたJonas Bendiksenの『Satellites: Photographs from the Fringes of the Former Soviet Union』は、旧ソ連時代からの負の遺産と背後で進行する悲劇的状況をあばきたてる。良質なドキュメンタリー、真の報道とはどういうものかを考えさせる衝撃的な力を感じる。
Outzone(上記関連写真多数) http://www.outzone.ru/post/437/
Jonas Bendiksen Official Site http://www.jonasbendiksen.com/
Magnumphotos http://www.magnumphotos.co.jp/ws_photographer/bej/
Diane Arbus: An Aperture Monograph今日、ジュンク堂書店で手に入れた二冊の写真集のもう一冊は、ポートレイト写真の持つ意味を解体したといわれるDiane Arbusの名作『Diane Arbus: An Aperture Monograph』。やっと店頭で見つけた。これもページを繰る度に胸の奥がざわざわして、どんどん落ち着かない気分になっていく。他には仕事絡みの雑誌類と太田直子の『字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ (光文社新書)』(光文社新書)を購う。