ベネチアのゲリラ豪雨

いよいよ滞在最終日である。今回のベネチア旅団の大将がフィレンツェで別の仕事があるので、それ以外のメンバーは自由行動を許されることになった。が、朝から今にも泣き出しそうなどんよりとした雨雲が広がっている。まったくもってうらめしい。
まずはカフェやバールが集まっている広場に出かけ、いつものスーパーで飲み物とサンドイッチを買って、そこらへんのベンチに座って食べる。足下に雀が寄ってくるので、適当にちぎって投げていたら、いつのまにかヒッチコックの「鳥」みたいになって焦る。雀ばかりで迫力はないけれど、とりあえず気持ちは悪い。あわててそこから逃げ出して、散策を始めた。
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安藤忠雄が手がけているプンタ・デラ・ドガーナ(2009年完成)を見るために、ベネチアの南部方面を彷徨うことにする。針穴カメラを手にあちこちの路地に入り込む。サン・トロヴァーゾ教会の隣にベネチアで現存する最後のゴンドラ造船所があり、対岸から興奮の念を送る。「紅の豚」の飛行艇修理工場のように、船がそのまま運河に滑り込めるようになっている。ああ、とてもいいぞ。レンガ造りの建物にはためいていた洗濯物の様子も「魔女の宅急便」のようだし、初期・中期のジブリ映画ファンには堪えられない風景だ。
サン・トロヴァーゾ運河を下るとザッテレ河岸に出る。このあたりでいよいよ雨が降り出した。散策するには最高の場所のように見えたが、今はただ降る雨に煙るばかりである。河岸沿いに東進し艇庫や住宅街の前を抜けると、目的地のサンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会とプンタ・デラ・ドガーナに辿り着く。ここでどうしようもないほどの豪雨になる。雷もすごい。美術館の改修に合わせて教会も工事中であり、中に入ることはできない。雨宿りをするために工事用の足場の下に潜り込んだ。対岸にサン・マルコ広場があるのだが、ものすごい雨でまったく見えない。真っ昼間なのに午後6時くらいの暗さで、街灯が次々と点灯する。ようやく待望の地に来たのに、なんということか。
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1時間半ほど雨宿りをする。中途半端な足場の下にいたため、すっかり全身びしょ濡れになった。ほんとうは安藤忠雄が手がけたもうひとつの美術館パラッツォ・グラッシ*1に行くつもりだったのだが、もう諦めることにした。水を滴らせながら美術館に入るわけにもいかないし。足取り重くホテルに戻る。
夕刻、土産も買わなければならないので、再び雨のベネチアの街に出る。同行者の1人がヴァポレット(水上バス)の半日券を譲ってくれたので、ついでにそれにも乗っておこう。アカデミア橋からリアルト橋までのもっとも賑やかなところであれこれと探すものの、いまひとつピンと来ない。どうにも観光客向けの臭いがプンプンしているように思われた。それで、昼間、ずぶ濡れになりながら歩いた道で見つけたベネチアガラスの工房へ行くことにした。リアルトからアカデミアまで船で戻り、そこから歩く。その工房はギャラリー街の一角にあるこぢんまりした店で、まったく商売っ気というものがない。そもそも観光客がそこに来ることはまずないのではないかと思われるところにある。
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控えめな店の佇まいに比べ、店の主人は少々奇人であった。とにかく五月蝿い。店の中にいたアメリカ人の夫婦も、後から来た英語とイタリア語を解する若い兄ちゃんも、苦笑いするしかないほどのしゃべくりである。あとオペラに合わせて歌も唄う。私にも手相を見てやろうとか、踊るから携帯で動画を撮れとか、手品をしてやるとか、とにかくあれこれ話しかけてくる。私は日本語と変な英語、向こうはイタリア語と変な英語*2なので、ディスコミュニケーションもはなはだしいが、それでもなんとか会話が成立するからおもしろいものである。しかし、商品は彼がバーナーを駆使して作った見事なベネチアガラス作品であり、観光客向けの店より確かに高いけれど、モノはしっかりしていると思った。問題はあのキャラだけだろう……。
サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会前の船着き場からヴァポレットで帰路につく。ところが、降りるところを間違えて、真っ暗な路地を1時間くらい彷徨う。さすがに肝を冷やす。それでもなんとかカナル・グランデに出て、またもやヴァポレットで引き返す。夜の運河に映る美しいベネチアの夜景が見られたのはよかった。晩ご飯はそのへんの店で適当に大きなパニーニを買って帰って食べた。

*1:palazzo grassi http://www.palazzograssi.it/

*2:陳列台に並んでいる動物のことを尋ねたら、bearがわからないというくらいの英語力