潜水服は蝶の夢を見る

潜水服は蝶の夢を見る 特別版【初回限定生産】 [DVD]めんどくさいというわけではないのに、見た映画のことを書かなくなってしまっている。去年観た「トウキョウソナタ*1」とか「4ヶ月、3週と2日*2」などはとてもよい映画だと思ったのに、結局エントリーとして立てなかった。やっぱりめんどくさかったのか。
潜水服は蝶の夢を見る」も世評の高い映画である。原題は「Le Scaphandre et le Papillon」だから「潜水服と蝶」とあるべきところ、この邦題にしたのはちょっとあざとい感じがする。映画「ブレードランナー」の原作となったフィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」をただちに想起させるからである。ただ劇中で主人公の見る夢が蝶に関係しているから*3、まったくのでっちあげということでもない。プロモーションとしてはギリギリというところだろうか。
脳梗塞に倒れた有名雑誌の編集長が、閉じ込め症候群という病を得、左目以外のすべての運動機能を奪われてしまう。映画の半ば近くまで主人公の一人称視点でのみ展開するという考え抜かれたカメラワークは、彼の「閉じ込められた意識」のありようを見事に再現、提示することに成功している。見る者は主人公の視点と意識に同化しながら、彼の感じる世界を追体験していくことになるのだ。そして彼の纏う「潜水服」の息苦しさ、窮屈さにようやく慣れたところで、我々はいきなり植物人間化した主人公の外見を三人称視点で確認することになり、そのあまりの落差(自由な意識、不自由な身体)に衝撃を受けることになる。この視点の切り替えの見事なことと言ったら。
ジャン・ドミニクが会得したまばたきを使ったコミュニケーションに焦点を当て、それを美談であるかのように取り上げることももちろんできたであろう。しかし、この映画ではそんな陳腐なことはしない。安っぽい悲劇的ドキュメンタリーではなく、重厚な心理ドラマとして再構築されたこの映画で大切なことは、主人公の唯一にして最大の武器である想像力あるいは意志の力を、一片たりとも損なうことなく示すことにあるとおぼしい。
加えて見る側も想像することが求められる。あらかじめ誂えられた感動(のようなもの)に接して安心して泣くようなことはできない。大仰な物言いをするならば、人間の尊厳はいかなるものかを厳しく考えさせる作品、そのように感じた。「難病=お涙頂戴」の発想しかない制作者、鑑賞者は、この映画の爪の垢を煎じて飲むべきである。100杯くらい。
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