トラン・アン・ユンの視点

ノルウェイの森」のあと、続けて旧作の「青いパパイヤの香り」と「夏至」を見直した。いずれも舞台はベトナムである。
子供の頃にベトナムを離れ、以来フランスで生活をするこの映画監督にとって、生まれ故郷は相対化されきった異世界であろう。フランスにベトナム風のセットを作って撮影した「パパイヤ」も、ベトナムでロケをした「夏至」も驚くほど似たような印象を与える。どちらも観念的な東南アジアの気配が漂うだけで、見事に殺菌消毒された無味無臭の「ベトナム風世界」が広がっている。
そこに甘い菓子のような鮮やかな色彩、アンニュイな気配、洒落た会話など、まさにフランス的としかいいようのないエッセンスが加えられる。それはもう一編のファンタジーである。
もちろんドキュメンタリー映画ではなく、虚構の世界を具現化しているのであるから、なにもかもが現実と等価でなければならないことはない。そしてそれがただちに映画の傷になるわけでもない。いや、むしろそこにこそ、トラン・アン・ユンの持ち味があると言えよう。
そう考えて、はたと膝を打つ。まさしく「ノルウェイの森」もこれと同じにおいを持っている。日本を舞台にしているのに、いわゆる日本的な情緒とはほど遠い世界が広がっている。原作を生かしたぎこちない台詞回しも、この世界では立派に規範として成立する。
 異邦人の構築する箱庭的世界
ちょっとエッチで複数の男女関係がややこしく描かれるという点でも同じなのね。