森と森

生まれる森 (講談社文庫)カンヌでグランプリを獲得した河瀬直美監督の「殯の森」が、本日、国営放送衛星ハイビジョンで放映された*1。大盤振る舞いだなと喜びながら、劇場公開する目処が立っていなかったのかとも憂慮する。いずれにしても正式公開前の話題の作品がこういう形で見られるのはありがたい。大阪で録画しておいてもらうように頼んだ。次に戻った時にさっそく見ようと思う。
さて昨日ののぞみの車中の友は島本理生の『生まれる森 (講談社文庫)』(講談社文庫)だった。インパクトのある二つの訃報に気を取られながらも、一気に通して読み切った。
『生まれる森』は、綿矢りさの『蹴りたい背中』(河出書房新社)や金原ひとみ蛇にピアス』(集英社)とともに芥川賞候補になったもので、結果として島本だけが受賞を逃した因縁の作品である。文壇の新たなヒロインとして仕立て上げられた綿矢、身銭を切って刺激の強い内容を描ききった金原。その二人の作品の圧倒的な存在感に比して、確かに特別インパクトを感じさせるような小説ではなかった。しかし、わかりやすい道具立てや劇的な展開に頼ることなく、ひりひりする恋愛感情の揺らぎそのものを形象化する習作として、この作品は島本にとっては重要な位置を占めるものである。優れて完成度の高い『ナラタージュ*2』(2005年、角川書店)は、『生まれる森』があって初めて存在しえるものだと言い得るだろう*3。少々大袈裟にいえば、いずれの作品も「見えないものを見えるようにする*4」という芸術の力を感じた。
芥川賞史上最年少受賞という熱が冷めた今、あらためて同じ世代の3人を同列に並べてみると、物語の紡ぎ手として最も着実な歩みを見せているのは島本ではないのか。一小説ファンとして、三人の若手女性作家の相克のありようを、これからもいやらしく(?)楽しませてもらおうと目論んでいる。

*1:写真家の野村恵子がこのことについてさっそく紹介していた。河瀬と野村は大阪ビジュアルアーツ専門学校の同窓生

*2:http://www.kadokawa.co.jp/sp/200502-05/index.html ここの惹句は気に入らないが

*3:かつて『ナラタージュ』についてものしたもの

*4:パウル・クレー