若冲ワンダーランド

morio01012009-11-15

かねて訪れてみたいと思っていた美術館がある。滋賀県山中の自然に寄り添うように佇むMIHO MUSEUMである*1。なにしろ桃源郷をテーマに設計された美術館である*2。なかなか行く機会がなかったのであるが、今秋の伊藤若冲の展覧会はどうしても見逃せない。いかにも非力な車を走らせて、信楽桃源郷を目指してきた。どんな異世界がそこにあるのか、期待感はいや増すばかりである。
日曜日の美術館は賑わっていた。遠方からの車が駐車場を埋め尽くしている。そこから送迎バスに乗り換え、レセプション棟前で下ろされる。目に入ってきたのはレストランと送迎電気カートを待つ長蛇の列である。やられました。まずは食事をしてからゆっくり鑑賞しようという目論見はいきなり打ち砕かれる。ちょっと空きっ腹で芸術の秋に挑む。
美術館までは約500mほどの遊歩道が続く。途中には大きなトンネルもある。この演出はまさに異世界桃源郷)に迷い込むための儀式なのであろうと考えたけれど、もう開館して十年以上経っているので、いまさら得意になって語るようなことでもないはずである。きっと誰かがそう言っている。
伊藤若冲の卓抜さや独自性をここでも思い知ることになる。今秋、東京国立博物館で公開していた「動植綵絵*3」では、肝心の絵が見えないほどの観覧者を集めていたけれど、この規模のまま東京に持っていったら、それこそ大騒ぎになるであろうほどの展示内容であった。目玉は新出の「象と鯨図屏風」である。ほぼ同じ構図を持つ川崎本は、昭和初期以来、ようとして行方が知れない。そこに突如として昨年「発見」された逸品である。象も鯨もそれを取り巻く世界も、すべてに親しく慈しむような情を持って、好きなように描いたらこうなりましたというような伸びやかな図像である。リアルとか非現実とか、そんなことはこの絵では問題にならない。若冲の素直な感情をそのまま感得するのが吉である。見ていたら、つい頬のあたりが緩んでくるような幸せな気分になってきた。
展示期間にうまく合わなくて、プライスコレクションの「鳥獣花木図屏風」に再会できなかったのだけは残念だったけれど、ほどよい量で一点一点に集中することができたし、墨画の多いのもかえって想像力を逞しくするのによかったと思う。総じて徹底的な描き込みを追求した絵より、晴れ晴れとした気分で現実を軽やかに洒落のめすような作品が多かった。美術の授業の課題(美術館探訪レポート)をこなすためについてきた娘も、不思議で愉快な若冲の絵を楽しんでいたようだった。何より。
いつの日か、この桃源郷にプライスコレクションの数々や「動植綵絵」などを加えた真の「若冲ワンダーランド」が実現されることを願う。12月13日まで。
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参考:辻惟雄インタビュー MIHO MUSEUMで初公開 「象と鯨図屏風」を読み解く

*1:MIHO MUSEUM http://www.miho.or.jp/japanese/index.htm

*2:設計者はルーヴル美術館のガラスのピラミッドで知られるI.M.ペイ

*3:10月28日付の日記 http://d.hatena.ne.jp/morio0101/20091028