ゆきゆきて、神軍

ゆきゆきて、神軍 [DVD]この映画が911以後に発表されたのであれば、「世界の番人」を自負する某国の姿を奥崎健三という人物に仮託して描いているように見えるだろう。マイケル・ムーアが絶賛したというのも頷ける。自らを客観視できない輩が、自分以外に正義なしという思いに突き動かされ、周囲に騒動を引き起こしていく。この映画は人が人を裁くということを極端に戯画化している。
確かに極限状態にあった戦場での犯罪行為は裁かれてしかるべきかもしれない。それを暴き立てることも必要かもしれない。しかし、特定の個人名を車に掲げ、その人を殺すなどと書いて走り回るような人物に説得力はない。義憤の行き着く先、当時の上官の家族を銃で傷つけるに至っては、なにをか言わんやである。どうあっても奥崎の言う「自分と人類のためによい結果をもたらす暴力は大いに使う」という主張は認められない。それは某国の思考とまったく同じだし、それによってもたらされるのは、平和ではなく混沌や混乱でしかないから。
監督の原一男の意図するところは、奥崎の行動や目的を写し取ることではないだろう。ましてやそれを正当化することでもない。人間って悲しいね、滑稽だね、という思いが全編に滲み出ている。本物の暴力がそのまま映し出されるので、見ている時は落ち着かないし後味もものすごく悪い。よく最後まで無事に撮り切ったな*1と別のところで感心した。1987年。

*1:いつ暴力の矛先がカメラに向けられるか、ハラハラした