顔がたくさんあるものを愛でる

極楽園奈良県桜井市にでかけてきた。この地にはまだ拝んだことのないスーパースターがおわします。やっと、会える。
桜井駅からバスで十分ほど揺られた後、息を切らしながら少し険しい山道を登ると、聖林寺*1に到り着く。奈良時代に創建された古刹である。この寺にかのアーネスト・フェノロサ岡倉天心らによって開扉された十一面観音菩薩天平・国宝)が安置されている。和辻哲郎が『古寺巡礼』で激賞したことでもよく知られる。すごい顔ぶれである。
拝観受付でパンフレットを受け取り、深呼吸しながら本堂にはいる。ああ、と思った次の瞬間、漫画のような巨大かつ滑稽な石仏(元禄)が三つ……。この寺の本尊子安延命地蔵菩薩である。一気に肩の力が抜ける。悪いけれど、今日のところは君たちではない。
気を取り直して別棟の観音堂へ向かう。本堂とは明らかに違う気配の観音堂。そこに十一面観音菩薩*2が立っていた。広い肩幅とくびれた腰のバランスが美しく、木心乾漆造ならではの細かく優美なラインがたいへん印象的である。立ち姿の仏像はエヴァンゲリオンのような長い手が目立ちがちなのだが、この菩薩は人間の体躯に近いバランスで造られている。なんという素晴らしいプロポーションだろう。畳敷きであるのをいいことに座り込み、長い時間そこから動かずに、いや、動けずにいた。
後ろ髪を引かれながら、次の目的地を目指す。春の飛鳥の長閑な風景を楽しみながら、歩くこと約二十分、日本三文殊の一つである安倍文殊院*3に到着する。阿部一族の氏寺を起源とし、安倍仲麻呂安倍晴明、皆、この寺と関係がある。
本尊は快慶の手になる文殊師利菩薩像(鎌倉・重文)である。降魔の利剣と蓮華を持つ渡海文殊を刻したものであり、台座の獅子と合わせた高さは七メートルにもなる。日本最大だという。その文殊平城京遷都1300年を記念して獅子から降りた姿を公開している。なんでも40年に一度の修理の時にだけ文殊を獅子から降ろすのであるが、その姿はこれまで一度も公開したことがなく、この先も公開することはないということである。まさに千載一遇の機会を得た。「ちょっと長旅で疲れたね」という風情の文殊が一興である。同じく快慶作の善財童子もよかった。愛らしいポーズと表情が秀逸である。
両寺で印象に実感が裏打ちされる心地よさを味わえた。「百聞は一見にしかず」ということばが身に染みる。
夕方、大阪に戻ってきて、太陽の塔のセレモニーを見物する*4。40年ぶり*5に「黄金の顔」の目が常時点灯されることになった。喜ばしい。

*1:http://www.shorinji-temple.jp/

*2:三好和義の仏像写真集『極楽園』の表紙を飾っている

*3:http://www.abemonjuin.or.jp/new/index_m.htm

*4:http://www.asahi.com/national/update/0327/OSK201003270150.html

*5:2004年に愛知万博とのコラボ催事で一度点灯している