蕎麦屋が怖い

morio01012008-06-30

蕎麦とうどん。どちらがおいしい、こっちが好きだというような主張や議論をしたいのではない。生粋の関西人*1である私は、せっかく東京で生活していながら、蕎麦屋で安楽な食事がいまだにできないのである。そのことについて少々。
世田谷にもよく知られる蕎麦屋が何軒かある*2。寓居から徒歩数分のところにも「いしはら*3」という蕎麦屋があって、いつも繁盛している。前を通るたびに入ってみたいと思う。思うのだが、いまだ果たせずにいる。近所のカレー屋やラーメン店にはもう何回行ったかわからないくらい通っているのに。
私が蕎麦屋に敷居の高さを感じる理由は三つある。

  1. 酒。
  2. 作法。
  3. 高い。

蕎麦屋に酒を飲みに行く。落語でもおなじみの風景だ。いくつかの酒肴で日本酒を嘗めてから,締めとして蕎麦をいただくという粋な王道スタイル。酒を嗜む習慣のない邪道な私には、まずこれができない*4。蕎麦だけ食べてさっさと出たいのだけれど、果たしてそれが許されるのかどうか。それから作法。すするときは音をたてろだの、つゆにはどっぷりつけるなだの、たとえそれがおいしくいただくための最善の方法であるとしても、協調性のない私にはなかなか難しい課題である*5。高い安いは原材料費や手間隙のこともあるから、ここでは言うまい*6
いずれも蕎麦の世界からすると「掟破り=野暮の極み」であろう。しかし、せいぜい「ソース二度漬け禁止」くらいのルールしか知らない者には、なんとも気詰まりでやりきれないのである。加えて小心者で見栄っ張りなものだから、店主や他の客に「野暮」だと思われるのが癪に障る*7ということで、ますます足が遠のくのであった。食べ物としての蕎麦には大いに興味があるんだけどなぁ。もともと麺類が好きだし。

*1:うどん文化圏

*2:http://www.kuriyasu.com/setagaya/cat1077020/index.html

*3:http://www.kuriyasu.com/setagaya/2007/06/post_df74.html

*4:酒の蘊蓄はゼロ

*5:蕎麦とは無関係だが、寿司は手でつまんで食べろという「作法」には、もっと従いがたい

*6:以前、ある関東人にうどんはしょせん小麦粉を練り固めただけの下品な食べ物だと言われたことがあって、大喧嘩になりかけたことがある。子供か>俺

*7:たぶんこれが一番大きな理由